K@t@ruBelog
かたるべログ。障がい者が普通に地域で暮らすために私たちにできることを考え、実践するために横井寿之が作成するホームページです。
権力に対して力を蓄えよう
近年、福祉施設の職員の傾向として思うのだが、長と名のつく権力に対して「ものを言わない」ように思う。理不尽に対してそれは理不尽なことだということすら言わないように思う。そう思う反面、職員が言えないような環境にしてきたという側面もある。言いたいことがあれば言えといいつつ、実は権力者たちは言われることを望んではいない。権力を持つ者はうるさく言うやつを本当は排除するように巧妙に策を弄する。長といわれる者は組織においては権力をもって人と組織を動かすことができる。
 先日、偶然に2人の福祉施設の職員から相談を受けた。A君は10年以上率先して施設の中心的な役割を担ってきた。彼の仕事ぶりは誰もが認めるところであるが、彼はいまのままではの利用者にとって良くない現状を変えようと、発言するようになると、定年退職して民間からのよこすべした施設長は自分の友人・知り合いを副施設長、部長職で呼び込み、A君を排除してそういう連中で施設運営をするようになる。なにかにつけて職員を集めては巧妙にA君を批判するようになる。理不尽な個人攻撃を受けるようになると、A君は周りから孤立していくことになる。攻撃されなくないから、職員は発言しなくなる。そして、彼はそれまで施設の中心で仕事をしていたのに、組織からはずされていわば閑職に置かれる、ものを言う人間は邪魔になるのである。
実践する力はない施設長でも施設長としての権力をふるうことはできる。こういう輩はどこにでもいて、そしていかに多いか、A君はいつまでも黙ってはいない。A君は決意した。反撃するために力を蓄えておこうと。このままにはしないと。私に出来ることは「応援している」という意志を示すことだ。

 岩手に戻ったK君は病院が運営する高齢者施設の職場の雰囲気にどうしてもなじめず、体調を崩した退職した。高齢者施設の現場は多くは寮母が中心で、施設長にものを言うという環境に乏しく、職員組織として鍛えられるという歴史は希薄だ。そうした環境の中にあって何かを言うことすらも違和感もたれる。議論をして高めあうという積み上げという経験に極めて乏しい。まして経営者が医者である場合は、医者が絶大なる権力を持っている。そうした環境にあってk君は淡々として仕事をするしかすべはなくなり、体調を崩すことになり退職した。そして2ヶ月、昨日電話があり、地元の知的障がい者の施設に就職が決まったとのことであった。久しぶりに晴れやかな印象であった。
 志を同じくする同僚を創ることだ。夢とか理念を語ることによって、状況を変えることができる。相談することができる人が必要なら、いつでも力になりたいとおもう。話すだけで少しは気が紛れるものだし冷静に自分を保つことが出来るかもしれない。

 
野沢和弘さんの講演に感動
 毎日新聞の野沢和弘さんの講演「福祉がかわる、時代をうごかい」を聴いてきた。野沢さんは毎日新聞の虐待取材班キャップとして虐待問題を取材しし、一方手をつなぐ育成会の権利擁護委員長として虐待防止の活動を続けている。また、千葉県の障がい者差別をなくすための研究会座長としていわゆる差別禁止条例を進めたひとである。
 私は、差別禁止条例策定にまつわる彼の経験を聞いて深く感動した。この条例制定までの活動は
どれほどの抵抗に会ってきたかの歴史でもあるが、同時にどれほどの「気づき」の積み重ねでもあったかということでもある。条例が誰にとっても異議のないないはずである「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」であるはずなのに、それがなぜそんに抵抗を受けるのか、日本で最初の条例づくりの産みの苦しみはなみのものでなかった。こういう先鞭をきる市民がいて歴史はかわるのだと思う。それと比較して私たちは何をしているか・・、まだまだだと思う。野沢氏の社会変革の真ん中に障がい者問題を据えることが世の中を変えることになるという意見もその通りだと思う。
久々に会い、久々に感動した。障がい者の福祉は新たな世の中をつくる新たな価値づくりなのだと思う。その実践が何よりも人を感動させ、地域を創っていくことになるのだ。
 障がい者福祉の片隅にいる自分にとって、実践の確かさを確認した1日であった。この日の感激は忘れまい。
新たな時代への飛躍
 昨夜、平成20年度第1回の当別町地域福祉計画推進委員会が開催された。今回は当別町社会福祉協議会(社協)の事業内容の報告と町経由でゆうゆう24が実施する「共生型」事業の進捗状況についてゆうゆう24から説明があった。当別町は明らかに今あらたな福祉を構築する町になりつつある。大きな変化は社協とゆうゆう24の連携である。一つには社協のボランティアセンターとゆうゆう24のボランティアセンターが「共生型」事業で新築する「地域福祉ターミナル」という建物で一緒になり、社協のボランティアコーディネーターとゆうゆうのボランティアコーディネーターと一緒に活動する。社協が持つボランティア団体とのネットワークとゆうゆう24が持つ医療大学のボランティアネットワーク、障がい福祉関係のネットワークという人材という資源の、企画立案の段階からの協同作業が可能になる。これはきわめて意義深いことである。
 もう一つはゆうゆう24が提案し続けてきたボランティア活動に商店街で利用できるポイントカードを付与することである。当初、ゆうゆう24としての取り組みの予定であったが、社協のボランティア活動も参加することになった。社協とゆうゆう24のこうした取り組みは間違いなく全国レベルに発信できるものであり、きわめて誇らしいことだ。こうしたことができるためにはそれぞれの団体の意識改革が求められる。ここに至るまでのゆうゆう24の粘り強い訴え、当別町福祉課の優秀なスタッフの支え、当別社会福祉協議会の会長と職員の理解、当別町地域福祉計画策定委員さんの熱意、これらがなければ実現しなかっただろう。
 ここにいたるまでの共通する思いは「町民のための福祉をよくする」、この一点である。
実に、久々にすがすがしい。新たな時代への飛躍が始まりつつある。当別という町を誇りに思う。
育成園裁判の検察審査会の結果
 5月28日、岩淵氏の49日法要を終えた翌日の29日、八木弁護士から共生舎に札幌検察審査会の通知が届いた。共生舎の利用者松岡俊雄さんの育成園裁判では育成園の代表理事曽我知夫の年金横領等に関して検察が不起訴処分にしたことを不服として検察審査会に不服の申し立てをしていたところ、このたび議決したことの通知が送られてきた。議決の要旨は「被疑者曽我知夫に対する本件不起訴処分は不当である」というものであった。久々の喝采である。きわめて意義のある議決である。どれほど岩淵氏はこの議決を待っていたか。彼が生きているときにこの結果を受け取りたかったことだろう。彼が天国から後押ししたか、そう思えるほどである。ここに至るまでの、岩淵氏、元氏氏をはじめとする共生舎のスタッフ、もちろん松岡氏の頑張り、そして八木弁護士池田弁護士、大石弁護士、池原弁護士、黒埼弁護士、東弁護士の粘り強い闘いの結果だろう。弁護団の今までの努力にも頭が下がる。弁護士の正義はこうでなければならない。とにかく「育成園の年金横領」がふたたび法のまな板にのぼる。新たな闘いのスタートだ。末席で応援してきた私としてもつまらない日常の出来事のなかで久々にうれしい。福祉は当事者の権利を守るための闘いだ。改めてそのことを強く意識した出来事であった。
知的障がい者施設人足りぬ
5月22日の夕刊トップの見出しである。2年前に施行された障がい者自立支援法で、障がい者施設の運営費が減額になり、障がい者施設では人件費を節減した結果退職が相次ぎ、介護に必要な人が確保できない現状について道新が記事にしている。
 国の障がい者福祉施策が大きく後退し、その結果障がい者施設で働く若者が希望がもてなくなる現状は、自立支援法の発足当初から予測されたことだ。道新の記事にあるように、施設職員の待遇が悪いために人手不足と人材不足が障がい者介護と援助の質が低下する。その結果、意欲のある職員がますます障害者施設の現場を離れていく。若者が意欲をもてない結果、日本の福祉施設の現場は劣化していくのは目に見えている。これらの現状をマスコミは大いに明らかにしてほしい。この現状に国民が知り、障がい者問題がなを人ごとであれば我が国はいよいよ救いがたい。いつまでもこんな状況が続くとは思わない、せめてそう思いたい。
 大学というところにいて、こうした国の制度政策に無関心な環境は私自身の状況を一層悪化させていく。
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