2月21日、横井ゼミ4年生の卒論発表会が終わった。横井が北海道医療大学に勤務してから毎年卒論発表会を開催している。赴任した最初の学科会議で卒論発表会を学科として開催してはどうかと提案したが、受け入れられなかったため、同僚の鈴木教授との合同ゼミで発表会を実施してきた。横井が卒論の発表会を実施するのは北星学園大学時代の経験から得たものが大きいからである。 当時の北星大の4年生は卒論に相当のエネルギーを注いだ。在校生、教員を前にしての発表会は大学を卒業して30数年たった今でも鮮明に覚えているし、卒論を通して学んだことはその後の仕事をしていくうえでの自分自身の基礎を築いたと思っている。教員にとっても卒論指導はそれほどのエネルギーを必要とする。当時の北星大の教員の学生指導は今でも尊敬できるものであった。ひるがえって私どもの学科はどうか。どれほどの教員が熱意と誠意をもって卒論指導に当たっているか。 卒論発表会は学生には多少の悔悟の感はあるだろうがやり遂げたという達成感を持つものだろう。教員にしてみれば指導の未熟さと取り組みの不十分さを反省させられるものとなる。発表する学生もドキドキかもしれないが、教員もその意味で不安である。6年経ってますます力不足を感じるのである。しかし、ともあれ終わってほっとする。これでやっと一年が終わったと実感できる。あとはそれぞれの決まっている社会福祉の現場での彼らの活躍を期待するばかりである。
今、道が実施する自閉症・発達障がい者支援センターと障がい者の相談事業に応募すべく構想について考えている。障がい者の相談事業を実施する場合、もっとも必要なことは何か。上川支庁という広域をカバーする方法はどうすべきか、もっとも重要なことは当事者や家族が利用しやすい事業所とはどういう事業所か、どういうことが求められることか等々。必要なたくさんの構想を描くことができる。しかし、2名という職員でどこまでできるか、道が示す社会福祉士、保健師、精神保健福祉士などの資格を持ち経験5年以上いう人材、ほぼ同程度の経歴を有する人材の確保を他の事業所はどのように確保するのだろうか。これらの人の人件費は将来にわたって保証されるだろうか。そして事業費は将来とも安定的に保証されるのだろうか。この事業に応募する事業所は将来的な見通しをどのよう考えているだろう。明らかに5年後経費は行き詰まるだろう。 この事業を経営的にはどのように考えたらいいのかどなたかよい知恵はないものかご教示頂ければと思う。 充実した内容の事業を描けば描くほど事業所の経営は苦しくなるという構造にある事業をどのように運営するか。もっとも基本的で、もっとも困難なことは「人材の確保」といことかもしれない。困難に挑戦する勇気を持ち、困難を喜びに変えていける能力を持つ人材を見つけることができるかどうかが鍵かもしれない。それでも、将来を考えるとこの事業をうけるのがいいことなのかどうか。もう残り少ない人生の横井は、この背負い込むことになる困難にどこまで責任をもてるのか、そんなふうに考える年齢になってしまった。
道庁が主催する北海道障害者地域生活支援検討会議が大詰めになってきた。この検討会議は今後の北海道における障がい者福祉の方向を示すものである。昨年の2月から毎月1回の会議と既に3度の合宿をして今後の障がい者福祉のあり方にについて委員相互の考えを深めてきた。今回の検討会議は道庁障害福祉課の職員の並々ならぬ改革への意欲もあり、いくつかの新たな制度の提案も行われてきた。障がい者総合相談事業の創設もその一つである。これらの新しい動向にはいくつかの委員会での議論の結果が盛り込まれている。社会福祉士などの資格取得者の業務の位置づけ、プロポーザル方式(提案)による事業の受託などである。また、3月には委員会としてのデザインペーパー(提言書)を策定する予定であるが、ここでは新たな相談事業に当事者や家族の参加、脱施設化の方向と地域福祉の推進、障がい者の人権擁護のシステムづくりなどを提言することにしている。 かつて先駆的な福祉の現場の実践と制度を提案してきた北海道が、他府県に立ち後れ、10数年ぶりに新たな提案づくりができることが嬉しいことである。支援費制度から1年ほどで制度改革が日々刻々と変化してきているなかで、明らかに当事者主体とした理念が後退しつつあるように見える。一方で民間事業者の営利主義の福祉参入が拡大しつつある。ここでは利用者本位というのは形ばかりで、事業内容を行政が適切に管理しないと人権侵害が潜在化していくと予測できる。福祉に従事するものの専門性と理念がますます求められる時代である、人材養成の福祉学科の問われるものは多いと思うのだが、大学の教員がどれほどのデザインを描けているのかはなはだ疑問である。福祉の現場の動向にどれほどの関心を持っているかも疑わしい。現場では不安の大きい国の「グランドデザイン」に研究者の側からの提案はきわめて稀である。何もできない研究者を相手にしても時代は拓けない。新たな道の提案を生きた制度にするのは若い現場の力であると信じて、残り短い期間ではあるが、老体の最後のがんばりをしなければなりません。
前日に引き続き医療大学のオープンカレッジについて伝えたいと思う。このひと月以上に渡って学生達はオープンカレッジの準備をしていた。横井の研究室がそのための準備の部屋として使われるので学生達の活動の様子が手に取るように分かるのである。オープンカレッジの準備にあたるのは主に1年生から3年生が中心で人数の割合は同じくらいかも知れない。実務は主に1年生の時から関わっていた2年生が中心である。彼らのこの2年間の成長ぶりには驚くものがある。オープンカレッジの開催に伴うあらゆる準備のあらゆる局面に置いて対外的な交渉ごとが伴う。講師とのやりとり、関係機関への協力依頼、それに伴う文書の作成、要綱の作成からレジメの作成、内部的な事務処理の確認、打合せなどほとんど小さな事業所のように実務をこなさなければならない。当初、公文書の書き方や電話連絡でさえ不安で、逐一確認を求めてきた彼らは今や見事に対外的に必要な実務についてノウハウは身につけている。電話のやりとりも見事なものである。時々出会う福祉施設の事務の愛想のない受け答えからすれば彼らの方がずっとサービス提供者のようだ。時々友人から電話がかかると学生が応対してくれるので、研究室には秘書がいると勘違いしている友人もいる。この学生達を支え育ててくれている障がい児者の父母達の配慮にも感謝することがおおい。彼らは学生達が将来障がい児者福祉ばかりではなく福祉の仕事に従事する次代のワーカーとして間違いなく育てているといえる。多くの、色々な領域の人が医療大の臨床福祉学科の学生を育ててくれている。こういうステージが人を育てるとつくづく思う。
第8回の知的障がい者のためのオープンカレッジに参加した。今回は札幌の医療大学サテライトキャンパスを拠点に5講座が開催された。伊藤先生の造形、道念末男さんのマジック講座をサテライトで、札幌市の博物館講座、小林先生のフラワーセラピー教室でのフラワーアート、北海道新聞での新聞ができるまでを学んだ。私はフラワーセラピーの講座を見学した。行き帰りはバスを利用しての移動も楽しいものであった。フラワーセラピーでは小林先生が受講生とサポーターとのコミュニケーションづくりに気を配りながら、コルクボードの額に花や木、炭や紐などを自由に思うままにレイアウトして作品を作る楽しさを教えてくれた。花という自然の素材を使い自己表現すること、他と関わることの楽しさを熱心に受講生に伝えてくれた。教室のお弟子さんのサポートも心配りが豊かで気持ちのいいものであった。小林先生とお弟子さんは発表会に参加してくれ、最後まで受講生のことを気にしてくる心遣いに小林先生と皆さんの想いを感じさせてもらうことができ、熱い想いが伝わってきた。教室からの帰りに道新にいったグループと一緒になった。みんなよほど楽しかったと見えて「オープンカレッジの一行見学」という一人ひとりの新聞をみせてくれた。 閉校式では、しばらく本州を放浪していたオープンカレッジ代表の相馬久胤君も駆けつけ、みんなにお別れの挨拶をした。北海道医療大学のオープンカレッジは今の創設期は相馬君(大学院生)の努力によることが大きい。この取り組みを通して彼も多くのことを経験し学んだと思う。同時に私たちもこのオープンカレッジから多くのことを学び、多くの人のネットワークを医療大の福祉の学生につなげたし、北星大、札幌学院大、北大の学生にも広げた。16年の11月は北見でも開催された。なによりも知的障がい当事者の地域生活を広げたし、余暇支援の一つのあり方を示し結果にもなっている。学生と知的障がい者とのたくさんの交流が学生達の障がい者理解、おおきくは福祉のあり方を学ばさせてくれたと思っている。創設の苦労を担った相馬君に感謝である。


この数日、世の中の動きとはおよそ関係のない臨床福祉学科の教員の空虚な議論の中にいて胃の痛い日々を過ごしていた。世の中の動きとは国の福祉改革の動きとそれを巡る障害当事者の動向、北海道にあっては10数年ぶりに道単事業で地域福祉推進の新たな施策をめぐる福祉関係者の動向である。 自閉症・発達障がい者支援法が制定され、自閉症・発達障がい者支援センターが都道府県に設置されることになる。これらの動向にあわせて、自閉症の親の会の動向も活発になってきている。北海道は障害者総合相談事業をスタートさせる準備をしている。この事業は今まで違ってプロポーザル方式で実施団体を決定するという。こうしたことは現場の側の提案が生かされた結果である。行政の意欲的な姿勢も高く評価されるべきものだと思う。 私がここで強く主張したいのは、こうした事業を実施する人材が必要だということである。行政も当事者も親達も実によく学習し状況を理解しているし、地域福祉推進の意欲は高い。しかるにその人材を養成する大学と福祉施設の現場はどうか。大学の教員はこうした世の中の動向に誠に無関心である。とりわけ福祉の現場の経験のない人たちのいうことは恐ろしくリアリティーがなく、危機意識にも欠ける。これからの福祉の現場は当事者関係団体の期待に応えられる人材を養成することでなければならないと思うのに、こうした時代に恐ろしくproposalではないことだけはたしかだと思う。当別町活動センターゆうゆうの事業を推進しようとしている学生達は地域の行政の人たち、社協やボランティアセンターの関係者、親たち、当事者達、そして地域の人たちのとの新たなネットワークを創ることに今果敢に挑戦している。彼らを育てたものは、「教室の空虚な講義をする教員」でないことだけは確かである。
ゆうゆう24は平成17年度以降、NPO法人としての事業を推進するにあたり、当面の基本構想を策定しました。この構想をもとに当別町の行政の皆さん、当別町を中心としたゆうゆう24を利用しようとしている父母との話し合いの原案としました。当面の事業としては、
1 障害児童のデイサービス・ホームヘルプ事業の推進
2 知的障がい者の当別町でのグループホーム事業の推進
3 当別町との福祉教育の推進
4 当別町ボランティアセンターとの連携によるボランティア活動のネットワーク化
5 近い将来、知的障がい者のディサービスおよび通所施設建設の事業展開
6 新たな活動拠点の創設・・・現在のセンター新築移転とショートスティや宿泊可能な施設の確保
などについて主な課題としています。
1 障害児童のデイサービス・ホームヘルプ事業の推進
2 知的障がい者の当別町でのグループホーム事業の推進
3 当別町との福祉教育の推進
4 当別町ボランティアセンターとの連携によるボランティア活動のネットワーク化
5 近い将来、知的障がい者のディサービスおよび通所施設建設の事業展開
6 新たな活動拠点の創設・・・現在のセンター新築移転とショートスティや宿泊可能な施設の確保
などについて主な課題としています。
当別青少年活動センター「ゆうゆう24」をNPO法人にするために準備をしている。今日は父母に事前の説明会を学生達が開催した。事業計画についてはすでに当別の福祉部長や助役にも説明をして理解を得ている。ゆうゆう24は横井が学生達と創ってきたボランティア活動の拠点である。現在医療大の学生が約400名が登録している。その活動は既に学生の活動の域を超えている。障がい児者のレスパイトサービス(一時預かり)、知的障がい者の学習の場であるオープンカレッジの開催、教育委員会と連携した不登校の子供達へのボランティア、24テレビの協賛したチャリティーイベント、福祉施設へのボランティア活動など実に多様な活動をこの3年間積み上げてきた。その活動をNPO法人化して公的なサービスができる事業所とするものである。当別の父母を中心に江別、新篠津、札幌の父母が約40名ほど説明会に参加した。そこでいくつかの要望も出された。横井が彼らに感心するのは父母達が学生達を信頼していることである。今日の説明会といっても基本的には学生達の主催である。学生達が解説する事業所に父母や教員が期待して参加することに、この3年間の活動を物語っている。大学のあるこの当別町の障がい児者が安心して暮らすことができるために私たち教員と学生達ができることは何か、といういたって簡単で原初的でしかも福祉を実践するものとしては当然の一歩からスタートした。当初の反応とは違って、今や医療大学の取り組みとして評価される活動となったが、しかし、基本的には教員は学生の活動や現場の実践には関心を持とうとしない。教員よりは学生の活動と実践がはるかに先を見ているといえそうである。
横井が担当する1年生の援助関係論という講義の最後の課題として福祉施設の見学学習を実施した。一日の日程で主に障がい児者施設と高齢者の施設を見学して福祉にたいする理解を深めてもらうというのが授業のねらいである。臨床福祉学科の1年生は福祉に関する講義も少なく福祉施設をみることもないので、学習に対するリアリティーに欠けるというのが横井が以前から感じていたことで、何とか福祉施設の見学をさせたいと思っていたことであった。ひととおり施設の担当者から高齢者施設の果たしている役割や課題について説明をうけ、施設を見学し、1年生の学生達も積極的に質問もした。私は最後に、施設の担当者に1年生がこれからの3年間の学習と社会福祉士の試験をうけて福祉の現場に出て行くので、先輩としてアドバイスをしてほしいとお願いをした。担当者は「資格があればいいということではなく、利用者に対して優しい心があればいい。そういうことを学んでほしい」とアドバイスをしてくれる。多くの現場の人たちは「優しい心があればいい」という。そして「資格があればいいという問題ではない」という。現場で優れた実践をしてきた人ほど同じようにいうことが多い。はたしてそうかと横井はいつも疑問に思う。こうした見解が福祉の現場の質を高めることを阻害していると思う。優しさがあれば別に大卒でなくとも、専門的な教育を受けていなくてもいいという施設長がどれほど利用者の人権を侵害してきたか。利用者・当事者に対して優しい気持ちで接するというのは当たり前のことだ。現場にでる学生には利用者・当事者の立場に立って現状を改革する力になるためには大いに学習し、資格をとって福祉の仕事の質を高め、闘う力をつけろとアドバイスしてほしいと思う。福祉施設でおきる人権侵害をなくすのは「優しい心」だけではなく、闘える理念が必要なのだとつくづくおもう。
| ホーム |


![横井 寿之 [よこい・としゆき]](http://blog6.fc2.com/t/toshiyuki/file/keyboadss.jpg)