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かたるべログ。障がい者が普通に地域で暮らすために私たちにできることを考え、実践するために横井寿之が作成するホームページです。
社会福祉事業団太陽の園について思うこと。
 長いこと休んでいた、この間あまりにも多くの動きや出来事があり、老化してきた私の頭では考え方を整理したり、学習して意見を言うことが追いつかなくなってきた。
 もっとも腹立たしく、情けないのは障害者自立支援法の成立である。この件に関するコメントは別の機会に譲りたいと思うが、障害者福祉、とりわけ知的障害者福祉の現場で、手作りの当事者主体の普通の地域福祉を推進してきた関係者や当事者の人にとってこの法律がどれほどノーマライゼーションの理念から後退するものであるか、情けないものがあるに違いない。不思議なのは、厚生官僚がこうしたことを推進する意図を持ったとしても、現場の誰がこれに組みしてきたのかということであり、なぜ、知的障害者施設協会の現場の人たちが反対の行動をしないのだろうかということである。そして、研究者といわれる人たちが関心をもたないのだろうかということである。あまりにも問題が大きいので別の機会に意見を表明したい。
 さて、5月のはじめ私は社会福祉事業団太陽の園を訪問してきた。ここで従来のように「道立太陽の園」と言わないのは、この4月から太陽の園は完全に民間委託の運営になって、設置主体としての「道立」が外れたからである。昭和43年(1968)、いわゆるコロニー構想という社会的な議論の高まりを背景に全国で最初の都道府県立の大規模施設として発足した。それから38年が経過した。1期生の職員は定年退職し私たち2期生の職員も定年の時期である。同期の友人やすぐ後の職員も退職し始めている。そんな折の訪問は友人達の動向を確認し、民間に移行した太陽の園を確認しておきたかったということもある。 なによりも太陽の園で共に仕事し、学んだときの同僚達の印象は今なお鮮烈で、たちどころに私に元気を与えてくれる。私の今日の全ての根源は太陽の園にあるといっても過言ではない。ここで仕事をし、学び、影響を受けた友人達はどんなときも私にとって「想いを共有できる人」である。そんな友人達の今後にエールを送りたいという訪問であった。
 設置から40年を経過する太陽の園は一つの時代の終わりを象徴するようである。施設の老朽化は太陽の園の今の状況そのもののである。半官半民としての不自由さは明らかに施設整備の立ち後れを表している。その意味で完全民間への転換はこの状況からの展望を示してくれそうな期待はできる。
 私は次の日の朝、友人が勤務している重度障害者の寮を訪問した。寮の入り口は鍵が掛かっていて入れない。ドアの窓越しに様子を見ると職員は洗面所で利用者の洗面の介助をしているらしく、利用者とのあわただしい様子がうかがえる。ドアをノックすると私たちに気がついた利用者が、私がいることを教えるように「あー」と声を出してくれるが、友人はそれどころではないらしい。そのうち洗面所から利用者が飛び出してきて、そこにいた他の利用者に他害を始めようとするのを職員達が必死に止めようとしいる。みるからに大変な様子だ。そのうち友人は私に気がついてこんな状態ですからと利用者を抱えながら言うので、その場を失礼して帰路についた。
 私は50半ばにして、重度の障害者の日常となお日々必死に介護に関わっている友人のことを思っている。私が太陽の園で主に重度者の療の担当をしていた10年間を思い起こしていた。私が関わっていたのは30代の半ばまでで、まだ体力的に充分のころである。友人は50代の半ばである。さぞかし大変だろうと思う。民間になって、重度者の介護の環境が良くなったかどうかは確認していないが、重度者の介護の環境はまずもって介護の人的な環境を整えることである。それらが民間になって整備されたかどうかそのことが実は問われるのである。太陽の園が果たしてきた役割は、公立や民間施設でいわば充分な介護と援助ができなかった重度や多動の障害児者をまずは受け入れてきたことであったし、民間が受け入れなかったことに対する自負もあった。受け入れるだけでどれだけ家族の不安に応えてきたか、どんなに評価してもしすぎることはない。半官半民としての事業団はその役割を過分なほど担わされてきた歴史がある。その事に道庁はどれほど応えたか。今改めて聞いてみたい。私は道立施設の見直し論議の時に太陽の園が果たしてきた役割を評価し、民間委託になったとしても重度障害者を受け入れていくことの環境整備の保障は条件だとしたが、どうやらそれは保障されなかったようだ。行政が設置する「委員会」は、結局行政の理屈を正当化するために、民間に諮問するだけで、彼らが描いた絵が変わることはないのだ。私は太陽の園に対しては結局はなにもできなかったということだ。
そして、大規模施設40年の歴史の中で、制度が変わり体制がどのように変わったとしても、日々介護の現場で営々と利用者の介護に向き合っている人たちがいることの重みは大きい。今、大規模施設の始まりから38年経って、当初の役割を終えた事業団がどのような道を歩むのか、その終わりと始まりを是非記録に残したいと思う。
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