
8月2日から3日と一泊で第2回目のシニアオープンカレッジを夕張のはまなす会館で開催する。今年の3月当麻で雪遊び体験と旭山動物園を見学した。今回は第2回目である。2日の日は思いっきり絵を描くという実践活動。前から一度やってみたいと思っていたのだが、画材や画用紙の心配をせず、思いっきり彼らに絵を描いてもらいたいと思っていた。それがそこそこ実現する。画材は3分の2はゆうゆう24が出してくれる。3分の1は大学が奮発してくれた。写真にあるようにそこそこの量である。画用紙・紙類はまず心配ない。できればアクリル絵の具がほしかったが、今回はあきらめた。
どんな一日になるか今からわくわくする。
2日目は夕張川でカヌーを楽しむ。当麻からTACKがカヌーを持って駆けつけてくれる。夕張の支援者も当日は応援してくれることになっている。知的の参加者は16名、オープンカレッジの学生委員、ゼミ生、卒業生、ゆうゆうのスタッフ、講師で約20名、総勢36名の一泊合宿である。
宮古島で仕事を始めた静さんが里帰り?した。大原君と実習助手の井上さんと会食をした。彼女が企画提案して始まった「安心・島づくりプロジェクト第1弾」なる企画についてその構想を聞いた。それはとてもわくわくする取り組みで、市民が福祉を楽しみをもって受け入れることのできる企画であるが、しかし、そうした企画をおもしろがって「即決」でやろういってくれる上司、関係者の支持を得たということがなかなかすごい思う。福祉の現場の人たちがなかなか上司がわかってくれない、というが
確かにわかってくれないアホな上司がいるのはたしかだが、そんな事はどんな職場にもつきものなのだと思っている。やりたいと思うことをやるためには、聞いてもらえるような努力をどれほどしたかということもあると思う。仕事できない職員の話を100%聞いてくれるなんて事はまずないし、いいねといってくれる実績とおまえならきっと何かやるだろうと思わせるだけの関係を職場の人、上司とどれだけ築いたかということがなければ、やりたいことをやらしてもらえるなんてことにはならないのだ。「即決」で決めてくれたという時の背景にはそれを決めるだけの根拠があるものだ。一つのことを実現するために、どれだけ汗を流したかということを周りは見ているものなのだ。大原君や笠原さんの仕事をみているとつくづくそう思う。
ゆうゆう24は地域共生型の事業である「地域福祉ターミナル」と「地域オープンサロン」の開所式を27日オープンする。当日のイベントは地域の人たちが「無料サービスの出店」を出してくれる。昨日知ったことだが、役場の福祉課の職員が「お好み焼き」の出店をするとのこと。役場職員が休日返上して悠々の開所式を応援してくれる。ふつうはちょっとした驚きだが、当別では特別のことではなくなったと思う。地域福祉の推進とか関係団体のネットワーク作りとか教科書的な話が嘘くさいのはそうしたネットワークを誰が、どのように作るのかということが、きわめて単純に説明されているに過ぎないからだ。現場で汗を流す人たちの実践を残すことが必要だと思う。
一方、この一週間で3人の福祉の現場にいる人から仕事を辞めたいという相談を受けている。2人は卒業生で、一人は現場で20年ほどばりばりと仕事をしてきた人だ。
どんな困難が彼らにあるのか。努力して、がんばってきた人ほど報われない職場が多いのも事実だ、教育や福祉の場であるだけに失望も大きい。心が痛い。
確かにわかってくれないアホな上司がいるのはたしかだが、そんな事はどんな職場にもつきものなのだと思っている。やりたいと思うことをやるためには、聞いてもらえるような努力をどれほどしたかということもあると思う。仕事できない職員の話を100%聞いてくれるなんて事はまずないし、いいねといってくれる実績とおまえならきっと何かやるだろうと思わせるだけの関係を職場の人、上司とどれだけ築いたかということがなければ、やりたいことをやらしてもらえるなんてことにはならないのだ。「即決」で決めてくれたという時の背景にはそれを決めるだけの根拠があるものだ。一つのことを実現するために、どれだけ汗を流したかということを周りは見ているものなのだ。大原君や笠原さんの仕事をみているとつくづくそう思う。
ゆうゆう24は地域共生型の事業である「地域福祉ターミナル」と「地域オープンサロン」の開所式を27日オープンする。当日のイベントは地域の人たちが「無料サービスの出店」を出してくれる。昨日知ったことだが、役場の福祉課の職員が「お好み焼き」の出店をするとのこと。役場職員が休日返上して悠々の開所式を応援してくれる。ふつうはちょっとした驚きだが、当別では特別のことではなくなったと思う。地域福祉の推進とか関係団体のネットワーク作りとか教科書的な話が嘘くさいのはそうしたネットワークを誰が、どのように作るのかということが、きわめて単純に説明されているに過ぎないからだ。現場で汗を流す人たちの実践を残すことが必要だと思う。
一方、この一週間で3人の福祉の現場にいる人から仕事を辞めたいという相談を受けている。2人は卒業生で、一人は現場で20年ほどばりばりと仕事をしてきた人だ。
どんな困難が彼らにあるのか。努力して、がんばってきた人ほど報われない職場が多いのも事実だ、教育や福祉の場であるだけに失望も大きい。心が痛い。
今日、札幌の3丁目食堂事件と奈良の大橋製作所の障がい者に対する人権侵害事件に対する抗議行動を作業所の仲間たちが札幌市役所前で行う。「ひとりの人間」として、当たり前のことさえも障がい者は守られはしない。
今朝の道新に介護従事者の離職率が3割という記事が載っている。テレビの「朝ずば」ではインドネシア人の介護福祉士の参入について報道されている。日本の介護事情の悪化との関連で議論になっていた。なぜ、介護の現場が若者たちに魅力kないものとなっているのか、そこのところの問題を議論しないで、外国人を導入しても問題は解決しない。低賃金で外国人を参入させて、彼らにとってもよい介護の現場にはならないのは明らかだ。
人材を養成する大学、養成校はこうしたことにほとんど力をもたず、安易な実習教育を選択する。現場にだけしわ寄せがいく構造にして痛みを感じることはない。
学生たちが現場に意欲をもてなくなるのは私たち自身の責任なのだ。私は大学を今年でやめるが、もう少し障がい当事者と、次代の若者たちの役に立てるよう志ざしのある人たちと「高齢者連盟」でも作ろうかと思う。
私が福祉の仕事をしていく上でも、もっとも力になってくれた民間の助成団体のK氏が突然退職をするという。衝撃がはしったが、潔いと思う。感謝の気持ちをどのように表現したらいいか。
つれづれに思うことはひょっとしたら、おおいに重なるかもしれない。
今朝の道新に介護従事者の離職率が3割という記事が載っている。テレビの「朝ずば」ではインドネシア人の介護福祉士の参入について報道されている。日本の介護事情の悪化との関連で議論になっていた。なぜ、介護の現場が若者たちに魅力kないものとなっているのか、そこのところの問題を議論しないで、外国人を導入しても問題は解決しない。低賃金で外国人を参入させて、彼らにとってもよい介護の現場にはならないのは明らかだ。
人材を養成する大学、養成校はこうしたことにほとんど力をもたず、安易な実習教育を選択する。現場にだけしわ寄せがいく構造にして痛みを感じることはない。
学生たちが現場に意欲をもてなくなるのは私たち自身の責任なのだ。私は大学を今年でやめるが、もう少し障がい当事者と、次代の若者たちの役に立てるよう志ざしのある人たちと「高齢者連盟」でも作ろうかと思う。
私が福祉の仕事をしていく上でも、もっとも力になってくれた民間の助成団体のK氏が突然退職をするという。衝撃がはしったが、潔いと思う。感謝の気持ちをどのように表現したらいいか。
つれづれに思うことはひょっとしたら、おおいに重なるかもしれない。

野草も勢いづいてきた。この花はやなぎ蘭といのだそうだ。

森はこんなにも鳥たちがいるのかと驚くほどで、今はヒナたちが巣立ちを終えたせいか、うるさいほど様々な鳴き声が聞こえる。何という鳥の鳴き声なのか、知らないのは残念だ。赤ゲラが数羽盛んに飛び回っている。餌を探しているのかもしれない。彼らは比較的近くに寄ってきて、人の存在を気にしない。前回森に来たときは「大鷹の雛の声が聞こえたがもう彼は巣立ちを終えたようだ。息子の話だとそれは間違いなく大鷹で、こんな人里近くに巣作りするのは珍しいという事のようだ。その意味ではかたるべの森は貴重な森だ。

今朝、5時半にかたるべの森に入った。森の整備をする拠点のセミナーハウスも7割方出来ている。8月の末には完成する。この建物は森林の整備と森林に親しむ活動を高齢者・障がい者・子供たちと共に実践する拠点となる施設でかたるべの森の整備もいよいよ本格的になる。かたるべの森開設から10年が経過したちょうど良い時期かもしれない。
毎日新聞の野沢和弘さんの講演「福祉がかわる、時代をうごかい」を聴いてきた。野沢さんは毎日新聞の虐待取材班キャップとして虐待問題を取材しし、一方手をつなぐ育成会の権利擁護委員長として虐待防止の活動を続けている。また、千葉県の障がい者差別をなくすための研究会座長としていわゆる差別禁止条例を進めたひとである。
私は、差別禁止条例策定にまつわる彼の経験を聞いて深く感動した。この条例制定までの活動は
どれほどの抵抗に会ってきたかの歴史でもあるが、同時にどれほどの「気づき」の積み重ねでもあったかということでもある。条例が誰にとっても異議のないないはずである「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」であるはずなのに、それがなぜそんに抵抗を受けるのか、日本で最初の条例づくりの産みの苦しみはなみのものでなかった。こういう先鞭をきる市民がいて歴史はかわるのだと思う。それと比較して私たちは何をしているか・・、まだまだだと思う。野沢氏の社会変革の真ん中に障がい者問題を据えることが世の中を変えることになるという意見もその通りだと思う。
久々に会い、久々に感動した。障がい者の福祉は新たな世の中をつくる新たな価値づくりなのだと思う。その実践が何よりも人を感動させ、地域を創っていくことになるのだ。
障がい者福祉の片隅にいる自分にとって、実践の確かさを確認した1日であった。この日の感激は忘れまい。
私は、差別禁止条例策定にまつわる彼の経験を聞いて深く感動した。この条例制定までの活動は
どれほどの抵抗に会ってきたかの歴史でもあるが、同時にどれほどの「気づき」の積み重ねでもあったかということでもある。条例が誰にとっても異議のないないはずである「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」であるはずなのに、それがなぜそんに抵抗を受けるのか、日本で最初の条例づくりの産みの苦しみはなみのものでなかった。こういう先鞭をきる市民がいて歴史はかわるのだと思う。それと比較して私たちは何をしているか・・、まだまだだと思う。野沢氏の社会変革の真ん中に障がい者問題を据えることが世の中を変えることになるという意見もその通りだと思う。
久々に会い、久々に感動した。障がい者の福祉は新たな世の中をつくる新たな価値づくりなのだと思う。その実践が何よりも人を感動させ、地域を創っていくことになるのだ。
障がい者福祉の片隅にいる自分にとって、実践の確かさを確認した1日であった。この日の感激は忘れまい。

昨日、今年度の横井ゼミ生が4年の実習を一通り終えて全員がそろったので、私が今年度で教員を辞めことを話した。ゼミ生にはまず私の退職についての考えを伝えておかなければならないと思っていたが、実習中の学生もいて全員がそろわなかったので、昨日になった。私は4月23日の学科会議での会議の内容を伝え、会議中に退職を決意したこと、自分が考える福祉学科のあり方大きく違いがあること、そうした選択をするにあたっての合意形成の仕方が極めて福祉を実践し、研究する教員としては納得できるものではなかったこと、私の意見が少数であったことなどを、私の言葉でゼミ生に説明した。今年度最後のゼミ生達との一日一日を大切にしたいと思う。その夜は実習ご苦労さん会と恒例のゼミ生の誕生会を学生達が開いてくれた。
2週間前の金曜日、横井ゼミ6期生、2004年度卒業生のTAさんが訪ねてきた。卒業して以来初めての訪問である。彼女は卒業後地元で高齢者介護の仕事についたと聞いていたので、「そうか、福祉の仕事を選択したんだ」と思って、ちょっと意外であった。何でもまじめに考え、考えすぎるタイプなのでなんとなく福祉の仕事を選択しないのではないかと勝手に思いこんでいた。そして今はそこをやめて、ハローワークに通っているとのことであった。ハローワークを通して今いろいろ講習を受けて、少しでも資格を取りたいと思っているとのことであった。がんばって社会福祉士の国家試験も今年合格したと喜んでいた。ハローワークで求職の相談をすると「なにか資格ありますか」ときかれ、なにも資格ないこということになると仕事を得ることがきわめて難しいと知って、「大学出て何の資格もない自分に愕然とする」、そう気がつき、今は店員をするにしても「販売士」の資格が必要ということで、その資格も取ったという。
福祉の仕事を今後もしたいと思っているとのことで、今は一休みで仕事を探しているとのことであった。彼女も3年の時実習にいったことが、自分にとってとてもいい経験であった。だから、実習を選択にするのはそういう機会を与えることを「しない」ということに等しいという。卒業の時はそんなに福祉の仕事をする気がなくても、後になって福祉の仕事に就きたいとか、国家試験を受けるということもあるのだから、実習は必修にしておくべきだと。だれが考えてもそ思うはずだし、卒業生であればきっと選択にするのはおかしいと思うはずだという。
29日にゼミ3期生の堀部さんの結婚式があった。堀部さんのご主人は障がい者の生活相談の仕事をしている方で生真面目な印象を受けた。堀部さんとこれからも障がい者福祉の仕事に力を合わせて立ち向かってほしいと思う。参加したゼミ生は今福祉の仕事を熱く語る人たちとなって、私としてはとても心強い同志達だ。学生時代、彼らがは必ずしも福祉を選択するという印象ではなかった。一人は当初より民間の会社に行くと決めていて、その通りの選択をした。しかし、彼はゼミ旅行中に「福祉の仕事も悪くないな」と思い始めているとその気持ちの変化を語り始めた。彼は民間の会社に1年ほどいて辞め、札幌にきて障がい児施設で働き始めた。昨年出身地の岩手に戻り、高齢者施設で働いている。近々、法人が障がい者施設の運営を始めるので、そのときは障がい者施設で働くことになっていると意欲を語った。一戸君は今の高齢者福祉の仕事を熱く語った。今の彼は学生時代には想像もできなかった。彼らはどこでこんなふうに変わったのか。かく言う私も学生時代は障がい者福祉の仕事を30年も続けることになるとは思ってもいなかったし、なをこうして障がい者福祉に関わることになるとは思っても見なかった。
人はどこかで自分を変える局面に出会うことになる。福祉は援助を必要とする困難を抱えた人たちとの関わりだから、それが人を変えるのだと思う。
福祉の仕事を今後もしたいと思っているとのことで、今は一休みで仕事を探しているとのことであった。彼女も3年の時実習にいったことが、自分にとってとてもいい経験であった。だから、実習を選択にするのはそういう機会を与えることを「しない」ということに等しいという。卒業の時はそんなに福祉の仕事をする気がなくても、後になって福祉の仕事に就きたいとか、国家試験を受けるということもあるのだから、実習は必修にしておくべきだと。だれが考えてもそ思うはずだし、卒業生であればきっと選択にするのはおかしいと思うはずだという。
29日にゼミ3期生の堀部さんの結婚式があった。堀部さんのご主人は障がい者の生活相談の仕事をしている方で生真面目な印象を受けた。堀部さんとこれからも障がい者福祉の仕事に力を合わせて立ち向かってほしいと思う。参加したゼミ生は今福祉の仕事を熱く語る人たちとなって、私としてはとても心強い同志達だ。学生時代、彼らがは必ずしも福祉を選択するという印象ではなかった。一人は当初より民間の会社に行くと決めていて、その通りの選択をした。しかし、彼はゼミ旅行中に「福祉の仕事も悪くないな」と思い始めているとその気持ちの変化を語り始めた。彼は民間の会社に1年ほどいて辞め、札幌にきて障がい児施設で働き始めた。昨年出身地の岩手に戻り、高齢者施設で働いている。近々、法人が障がい者施設の運営を始めるので、そのときは障がい者施設で働くことになっていると意欲を語った。一戸君は今の高齢者福祉の仕事を熱く語った。今の彼は学生時代には想像もできなかった。彼らはどこでこんなふうに変わったのか。かく言う私も学生時代は障がい者福祉の仕事を30年も続けることになるとは思ってもいなかったし、なをこうして障がい者福祉に関わることになるとは思っても見なかった。
人はどこかで自分を変える局面に出会うことになる。福祉は援助を必要とする困難を抱えた人たちとの関わりだから、それが人を変えるのだと思う。
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![横井 寿之 [よこい・としゆき]](http://blog6.fc2.com/t/toshiyuki/file/keyboadss.jpg)