K@t@ruBelog
かたるべログ。障がい者が普通に地域で暮らすために私たちにできることを考え、実践するために横井寿之が作成するホームページです。
父母の会のボランティア日
父母の会ボラ
年に2回の父母の会とスタッフのボランティア日。かたるべの森の草刈りを行う。かたるべの森の父母のボランティア活動はなかなかの戦力です。
現場実習訪問指導
 社会福祉士の必修単位である現場実習に学生が出ているので、訪問指導を実施している。
札幌の知的の施設、当麻の施設、いずれも2回訪問した。その他、急のヘルプコールで少し遠くまで出かけた。意欲のある受け入れ事業所は学生の意欲に合わせて濃密なプログラムを用意してくれる。それは学生の学習意欲と課題を満足させたいという受け入れ先の配慮だ。ところが思いもよらないことであるが、現地に出かけ最初のオリエンテーションで事業所が精一杯のプログラムを用意してくれ、説明を聞き、課題が示されると急に学生は「自分に出来るだろうか」という不安に陥る。期待に応えられるだけ自分の事前の学習が十分でないことや、基礎的な知識が乏しいことを思い知る。それは当然のことなのだ。現場が最新の情報や制度の概要や実践内容の意義を説明すればするほど学生は自分には出来ないと思うようになる。こうした反応を示す学生にはまじめで「期待に応えたい」と思っている学生が多い。現場が一生懸命に指導してくれているのに、それほど感じていない学生もいるなかで、こうしたまじめな反応を示す学生は実は新鮮な印象すら受ける。が対応を間違うと急性の鬱症状を示すことになりかねない。私は、本人の了解をとって事業所に連絡し、その町の小規模作業所運営している友人に連絡し、訪問することにした。現地について事業所のえらい人に実習生を受け入れてくれたことのお礼ととひとしきり雑談のあと、事業所の実習指導者と事業所の人たちと小規模の友人にお願いして、食事会(一部の出席者には飲み会)の場を設けてもらった。そこで指導者は気を遣って実習生を励ましてくれ、みんな自分の学生時代の実習の時のエピソードなど聞かせてくれた。明日からの実習を安心して出来るようにいろいろな提案をさりげなくしてくれたりした。学生の心細そうな印象はなをあったが、大丈夫とだろう確信したので、学生にはいつでも駆けつけるよ伝えて10時半に帰ることにした。実習生を友人が宿まで送ってくれるという。特にその場で何も言わずとも友人は学生を勇気づけてくれるに違いない。家に着いたら2時になっていた。次の日の朝、実習生から電話が来た。実習指導者に少しプログラムを変えて、地域の障がい者の現状などについてもプログラムに入れてほしいことなどの要望を伝え、プログラムの内容を自分の関心に合わせて変更してもらえたと喜んでいた。自分が落ち込んだ理由も話してくれた。想像したとおりであった。友人の配慮が働いていることには間違いない、感謝である。事業所の皆さん、お付き合い頂き、感謝です。彼女は困難を見事に自分で解決しました。ありがとうございました。
課題が多い社会福祉士養成の実習指導
 今日、大学に出ると予想どおり福祉施設の現場からの問い合わせがたくさんあった。
国の社会福祉士養成の要綱が21年度からかわり、社会福祉士の現場実習を受け入れる施設・事業所は次の3点が実習生受け入れの条件になる。
1つは実習生の指導をする職員は社会福祉士でなければならないこと。
2つめは社会福祉士の取得後3年の現場経験が必要なこと。
3つめは指導者研修会を受講していなければならないこと。
 この要綱の変更に伴い、先週北海道ブロックとして、実習受け入れ施設の調書の提出を施設にお願いしたばかりだった。その結果、現場には当然困惑が広がると思っていた。

 現場にはまず社会福祉士の人数が十分でないこと。また、3年の経験者となるとさらに人数が限られること。また、指導者講習を受けてなければならないとなると、実習生の受け入れる施設・機関は負担が一層大きいことなどが問題となるだろう。私は実習生を受け入れることで現場は負担ばかりが大きくなり、実習生を今まで通り受け入れてもらえるかという疑問をもっている。こうした条件を満たす事業所は極めて少なくなり、たとえば福祉事務所などはほとんどこの要件を満たすことにならないだろう。我が大学は福祉事務所には実習生を出していないので問題はないが困る大学もあるだろう。今日は道内の児童相談所から疑問を寄せられたほか、高齢者施設からも疑問が寄せられた。高齢者施設ではすでに社会福祉士の実習生を受け入れることを見合わせたという連絡も入っている。
 私は今まで、この変更にともない、現場は実習生を受け入れるのを辞めると言うことになるか、それとも受け入れるために必要な要件を満たす努力をしていくか、そこは福祉施設の分かれ目だと障がい者施設の職員には言ってきた。それにしてもである。こういう状況になることは目に見えていたわけで、現場の人たちの負担を軽減するよう大学は配慮しなければならないはずだ。一方的に国がこうするというのだから現場も従ってください、というだけではすまないだろうと思う。最も重要な実習指導を現場にお願いしておいて、負担について配慮しないようであれば、現場の負担ばかりが大きくなるのではないか。大学は実習指導について自分たちは楽な道を選択し、それほど指導に力を入れないで現場にばかり負担を押しつけるという印象から免れないだろう。私は実習生の受け入れが施設の側にとって運営上のメリットにつながることも提案しなければならないと思う。その意味では社会福祉士の配置をすることが運営費に加算されるなどの措置が必要だろうと思う。
 また、現場に払う実習謝礼は介護福祉士の実習と同じように1日2千円とすべきだと思う。社会福祉士という専門職養成の実習が1日870円の計算で、介護の実習の半額以下というのもいかがなものかと思う。
 社会福祉士の養成に伴う課題は実に多い。どうなるか。こうした課題が整理されたとしても、言えることは現場とネットワークを持っている大学は現場から信頼され、大学の要請にも応えてくれるだろう。

 なを蛇足であるが、我が大学は変更に伴う書類を北海道ブロックとは別に発送したために、北海道ブロックから抜けたのかという問い合わせがあった。我が大学の事務処理の不手際で恥ずかしい限りだ。北海道ブロックから抜けてはいないので安心してください。迷惑をおかけしました。 
友人へ
 このブログに施設の友人達のブログをリンクさせていた。彼らのブログを通して彼らの活動を知ることができるし、彼らの活動を応援してきた。しかし、今の彼らのブログは自由に表現できなくなっていることを推測できる。それが私に関係することでもあるのだとしたら、気の毒なので削除することにした。

かたるべの森2008.8.16
ビジターセンター
この夏、かたるべの森づくりにもっとも活躍してくれていたメンバーの拠点となる施設が完成する。ここは私を含めた高齢者、障がい者、子どもたちそして市民との共生の活動の場となるものである。
ここから新たな発想が展開する。発想は無限に広がる

木工棟
教員としての10年が過ぎようとしてる。かたるべの森づくりには専念できなかったが、それなりに表現が出来てきたかな。2008年8月のかたるべの森である。
かたるべの森の内容を一層充実するのは2009年度から。第1期から第2期への展開が始まります。
かたるべの森で終戦記念日に思う
 かたるべの森にきたけど、夏期休暇でかたるべの森は休み。実習生も自宅に戻っていると言うことで訪問指導も果たせず。ビジターハウスの建築の状況も工事は休み。そんな訳で自宅でのんびり過ごしている。物置の整理を久々にした。資料と図書類の整理ですごした。今日は雨なので、椅子のペンキ塗りも途中で休んで、雨で濡れる木々を眺め、おだやかに過ごした。オリンピックを見、そして終戦記念日に関するニュースを見た。私は終戦の年に生まれた。従って63回目の終戦記念日は私の年齢でもある。戦争の体験を語る人たちは少なくなり、二度と戦争は起こすまいと言う決意や、権力のありように批判的な声はますます弱々しい。私が高校に入学したときに生徒会が原水爆禁止世界大会に生徒会代表を派遣するという方針を校長が反対して全校集会がもたれた。安保反対闘争が連日行われ、樺美智子さんが犠牲になった。大学では大学と自治会の団体交渉が頻繁に行われ、政治的には無党派の私も穏やかなデモには参加した。社会でもっとも弱い人たち、援助を必要とする人たちのために働けとわが母校の教員は教えた。それが当時の社会に対する正義を貫く意志のように思え、福祉の仕事に就いた。もっとも困難な仕事と言われた知的障がい者の施設に勤め、最重度者の寮の担当を志願した。給料は当時の同期の高卒の同級生より安かった。職場の同僚たちとは援助の方法について、とことん議論をした。職員会議は説得するか説得されるかという緊迫感の中で仕事した。会議中に女子職員は伝わらないことの悔しさでよくないた。議論の相手が何ヶ月も口をきいてくれないとううこともよくあったし、先輩職員からは新職員を代表してよく説教をうけた。
1年目の職員の時に、あまりの言われ方とその理不尽さに「今言ったことを忘れるな。一年たったときに君らを必ず抜いてみせる」と啖呵をきった。太陽の園の2期生はその後、太陽の園の運営の中核となった。保守色の強い職員に罵倒されながらも組合を結成した。もっとも仕事をし、信頼のある職員を執行部に入れて、援助の実践の中心となって150名の職員を結束した。道庁の職員合理化に対して反対闘争をつづけ、ついには異例とも言える職員の増員と待遇の改善をした。3年に渡る戦いだった。
 道庁と国に障害者福祉の制度を提案し、いくつかを制度化した。この頃から、地域福祉の取り組みが理解されるようになった。全国の施設職員の研修会では北海道がもっとも先駆的であった。私たちの指導研究委員会の活動は日本愛護協会との戦いでもあり、全国のモデルでもあった。「終生保護派」の施設長たちのとの戦いも、時には熾烈とも言えるやり合いがあったが、彼らも時代の流れと共に終生保護をいうことはなくなり、見事に宗旨替えをした。
障がい者福祉の実践は他の領域からくらべて常に時代と社会を変えてきたと思っている。わが領域の友人たちは常に鮮烈であった。
第1線にいた多少の自負も10年前までの話である。しかし、世の中の不条理と理不尽な権力との戦いは、なを粘り強く続いている。身の回りにある理不尽についても注意深く見つづけていくつもりだ。

 今は多くの福祉にいるものたち、教育にいるものも含めて、自分の生活を守ることが重要だから、「長いものまかれろ」主義の媚びも使い分けて正当化し、自分の信念を突き詰めることはしない。。福祉の援助を必要とする人たちが、どんな理不尽な状況に置かれていても関心をもたない人たちが「援助」について講義している。地域の第1線で福祉の実践をしている従事者たちの「実績」すらも言葉巧みに自分のものにしようとする。こういう社会では誠実でひたむきに努力している現場の福祉に従事する若者はますます失望し、不信感を強くする。

森の中にあって心静かにこのところの出来事を振りかえり、少し、昔も思い起こした。
辞めることを決めてみえてくるもの
 大学を辞めると決めてから、不思議といろいろなことが見えてくる。一つには大学とそこにいる教員に対する見方、もう一つは福祉施設に対する見方、そしてこの後の生き方について深く考えるようになった。
 大学について言えば少なくとも相当の熱意をもって福祉の人材を養成する大学としたいと思って日々努力してきたという思いが強い。当麻のかたるべの森や障がい者福祉についての関わりをとりあえず脇において大学での人材養成ということを第一義的に仕事をしてきた。我が職場を他の福祉系の大学よりよくしてきたいと思って仕事をしてきた。それが結果的にはどれほどのことであったか、空しいものがある。

 しかし、ゼミの卒業生がこの10年で100名を数える。多くのゼミ生が福祉の現場で働いている。彼らとの10年はなによりも大きく、この点においては大学にいて、彼らとともに学んだことは何よりも私の人生では貴重な経験であり、豊かな財産であると思う。先日も1期生のyoshinoさんからメールをいただいた。胸に響いた。残りの人生で少しでも彼らが現場で元気に働けるように応援していきたいと思う。
池田理事長みずから接待の係
全体の様子ともに福祉会夏祭り 015

 夏祭りの開始時間にはもういっぱいの人で、座るところもないほど。池田理事長が自ら料理を運んでいてかいがいしく働いていたのはちょっと驚きとともに、ちょっと嬉しくなった。少しも気取らず、少しも偉そうにせず、スタッフの一員となって来客者の接待をしている。ジュースを運んだり、食べ物を運んだりしている姿は誠にさわやかであった。ともすれば忘れがちなことを理事長の姿をみて教えられた。

 
 この夏祭りは通所施設の前庭にテントを張って、参加費千円で市民にも開放している。千円ではきっと大きな赤字だと思うが、それも父母や市民に感謝する意味もあるのだろう。ともに福祉会には現場実習のお願いもしていて、実習生訪問を兼ねての参加であったが、今日はもちろん実習生の元気な姿を見るだけで、野暮なことはしない。卒業生も元気に働いている。
ちかごろ不快なことが多かっただけに、今日は心地よい気分であった。
 
ともに福祉会夏祭りに参加した
バンドともに福祉会夏祭り 028
 札幌にあるともに福祉会の夏祭りに参加してきた。とても賑やかで楽しい祭りであった。
権力に対して力を蓄えよう
近年、福祉施設の職員の傾向として思うのだが、長と名のつく権力に対して「ものを言わない」ように思う。理不尽に対してそれは理不尽なことだということすら言わないように思う。そう思う反面、職員が言えないような環境にしてきたという側面もある。言いたいことがあれば言えといいつつ、実は権力者たちは言われることを望んではいない。権力を持つ者はうるさく言うやつを本当は排除するように巧妙に策を弄する。長といわれる者は組織においては権力をもって人と組織を動かすことができる。
 先日、偶然に2人の福祉施設の職員から相談を受けた。A君は10年以上率先して施設の中心的な役割を担ってきた。彼の仕事ぶりは誰もが認めるところであるが、彼はいまのままではの利用者にとって良くない現状を変えようと、発言するようになると、定年退職して民間からのよこすべした施設長は自分の友人・知り合いを副施設長、部長職で呼び込み、A君を排除してそういう連中で施設運営をするようになる。なにかにつけて職員を集めては巧妙にA君を批判するようになる。理不尽な個人攻撃を受けるようになると、A君は周りから孤立していくことになる。攻撃されなくないから、職員は発言しなくなる。そして、彼はそれまで施設の中心で仕事をしていたのに、組織からはずされていわば閑職に置かれる、ものを言う人間は邪魔になるのである。
実践する力はない施設長でも施設長としての権力をふるうことはできる。こういう輩はどこにでもいて、そしていかに多いか、A君はいつまでも黙ってはいない。A君は決意した。反撃するために力を蓄えておこうと。このままにはしないと。私に出来ることは「応援している」という意志を示すことだ。

 岩手に戻ったK君は病院が運営する高齢者施設の職場の雰囲気にどうしてもなじめず、体調を崩した退職した。高齢者施設の現場は多くは寮母が中心で、施設長にものを言うという環境に乏しく、職員組織として鍛えられるという歴史は希薄だ。そうした環境の中にあって何かを言うことすらも違和感もたれる。議論をして高めあうという積み上げという経験に極めて乏しい。まして経営者が医者である場合は、医者が絶大なる権力を持っている。そうした環境にあってk君は淡々として仕事をするしかすべはなくなり、体調を崩すことになり退職した。そして2ヶ月、昨日電話があり、地元の知的障がい者の施設に就職が決まったとのことであった。久しぶりに晴れやかな印象であった。
 志を同じくする同僚を創ることだ。夢とか理念を語ることによって、状況を変えることができる。相談することができる人が必要なら、いつでも力になりたいとおもう。話すだけで少しは気が紛れるものだし冷静に自分を保つことが出来るかもしれない。

 
突然の参加者
建設委員会の日
 かたるべの森のビジターセンター(セミナーハウス改め)の建設委員会をビジターセンターの前で開催していると、突然の参加者が現れた。なかなか大きく、堂々と私たちの打ち合わせの輪の中に入ってきた。委員の皆さんは驚いて道をあけたが、かたるべの森でいろいろな生き物に会えるのは楽しい。
子ども文庫の夢
絵本を寄贈

 大学に行ってから絵本とか子どもの本に関して時間をとることがほとんど出来なかったが、それまでは将来定年退職後子ども文庫を開くことが夢だった。そのために絵本や子どもの本を随分集めた。その事を知った絵本の編集者が出版された絵本を送ってくれたり、彼らが仕事で集めた絵本を送ってくれたりした。それらの絵本が数えたことはないが3000冊程度にはあるように思う。
 この時期になってこれらの絵本・児童図書を整理することにした。子ども文庫の開設はあきらめることにした。ゆうゆう24が地域住民の拠点となる福祉ターミナルに図書を置くコーナー設けたのと、かたるべの森のセミナーハウスにも図書コーナーを設けてくれたので、当麻と当別で使ってもらうことにした。一部は当麻町の母子通園センターに寄贈したいと思う。昨日は午後から段ボール10箱分だけ整理した。

窓枠がアクセント
窓枠のアクセント
 外観にとりたてて特徴がないが、窓枠でアクセントにしたとのこと。なかなかいい。
当麻町かたるべの森のセミナーハウス
正面外観

 ほぼ8割方完成と言うところか。工期は8月いっぱいであるが順調なすすみ具合である。
初めての注文取り
最初の仕事
ここで働くしょうがいのある人にとって初めての注文取り、まだまだぎこちなく、なれていませんが、嬉しそうでした。地域での福祉実践はこうした活動から始まる。
最初のお客さんはさくら館の皆さん
さくら館のみなさん
 あさ、一番でタクシーで駆けつけてくれたのはさくら館の皆さん。何よりも、駆けつけてお祝いしてくれ、お茶を飲んでいってくれるのが一番の応援。
当別町オープンサロン事業開始
今日から
 福祉ターミナルにつづいてオープンサロンが今日8月4日から事業開始する。昨夜、遅くまで大原所長、穂刈さん、そしてオープンサロンのスタッフの菅原君と小野さんはコーヒーの入れ方から、手作りドーナツの試作品やらと準備に追われていた。そして、今日から障がいのある人の職場として事業を開始する。みなさん、どうぞ、応援してください。
オープンカレッジのアーチスト
オープンカレッジイン夕張08.08.02〜.03 191

 今回の絵画制作で才能を感じさせたジュンキ君の作品。継続的に作品を描いてほしいと思った人である。
満足のカヌー体験
オープンカレッジイン夕張08.08.02〜.03 308

楽しみました。TACKの横井君、夕張の安斉さん、講師として盛り上げていただき感謝です。
オープンカレッジの学生さん達、駆けつけてくれた卒業生達、横井ゼミの学生達、感謝です。
2日目はカヌー体験
オープンカレッジイン夕張08.08.02〜.03 253
 2日目の今日は雨の中どうなるかと思ったけど、カヌー体験が始まると同時に奇跡的に雨がやむ。その後約2時間カヌー体験の間だけ晴れ、終わるとまた雨となる。天の慈悲を得たような気持ち。カヌー体験は絵画制作より人気で、参加者も我先に乗せてほしいと意欲満々。学生サポーターも全員体験。楽しくて、楽しくてという様子でカヌー体験はみんな良い表情でした。
オープンカレッジin夕張
オープンカレッジイン夕張08.08.02〜.03 238

 シニアオープンカレッジは今回2回目。夕張のはまなす会館で一泊で開催してきた。
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